【2015 タイ・カンボジア⑥】アンコールワット観光2
2015年9月、定例婦人旅行〜タイ・カンボジア編〜第6弾です。
今回は前回の続き、アンコール・トム、タ・プロームなど、あのへん(下の地図の緑らへん)の遺跡をぐるっと周る第二段です。
画像:http://www.pitt.jp/cityinfo/angkor-planning.php
もくじ
アンコール・トム
アンコール・トムは、アンコール・ワットのように一つの大きな遺跡ではなく、いくつかの遺跡が集合している地域のことを指すようです。
アンコール・トムには、下の画像を見て頂くと分かるのですが、とにかくたくさん遺跡があります。
画像:http://krorma.com/ruins/angkor_thom/
見どころは、画像の中心部にある【バイヨン】空中参道の美しい【バプーオン】そしてその2つの近くにある、【象のテラス】【ライ王のテラス】あたりです。
アンコール・ワットから、アンコール・トムへトゥクトゥクで移動中。正面にちらっと写っているのが、南大門です。
アンコール・ワット回るの「徒歩じゃ無理」って前回書きましたが、みんな歩きまくってますね。すごぉい。
バイヨン
バイヨンです。バイヨン(バヨン)は、クメール語で【バ=美しい】【ヨン=塔】という意味らしいです。これが美しいかどうかは見たひとが決めることだと思いますが、にょきにょき生えている塔のひとつひとつに人面像が彫刻されていて、異様な空気を醸し出しています。しかも全員ちょっとわらっていて、これが「クメールの微笑み」と呼ばれているそうです。良い顔してる。
アンコール・ワットで見慣れてしまったためか、そのとき以上の感動はありませんが、こちらも壁一面にレリーフが彫られていて、またしても当時の労働者の気持ちを偲んでしまいます。がんばってくれてありがとな、、
タイ?からの観光客なのかな。あんまりに「っぽい」ので、周囲のひとたちもたくさんこのひとたちのことを撮っていました。アジア圏を出るとよく日本人も中国人や韓国人と間違われたり、その文化とごちゃまぜにされて「ちゃんと知っとけよな!」ってなりますが、こりゃわかりませんわ。タイ?スリランカ?ブータン?わからん。すまん。
バプーオン
こちらが、空中参道が有名とされている【バプーオン】です。PABU-でもなく、BABU-でもなう、BAPU-です。帰国するまでずっとPABU-だとおもっていました。クメール語だとប្រាសាទបាពួនなので、読み間違えが起こらなくてよいですね。
ちなみに、バプーオンとは「隠し子」という意味らしく、わたしのなかの井上公造が今にも現場へ急行しそうですが、実際は、戦火から王子をここにかくまったとかいう伝説があるとかないとかで、そういう意味での「隠し子」だったのか、と己の心の汚れを知ったところで観光を続行します。
こちらは、バイヨンの前を通過するゾウに乗った観光客の姿です。とても乗り心地が悪そう。バイヨンとバプーオンは徒歩圏内にあります。というより、隣遺跡です。
裏側から見ると、こんな感じでかなり倒壊しています。そもそも20世紀には、寺院の大部分がほとんど崩壊していたらしく、これでも修復した結果らしいです。1960年〜2011年までずーーーっと修復工事をしていて、その後やっと見学が再開されたそうです。現代に生まれて良かった。
この遺跡も階段で上部まで上がることができます。
先ほど歩いて来た空中参道がこんな感じに見えるくらい高いです。見晴らしがとてもよく、気持ちがよいです。
わたしの写真だと空中参道?はて?となりますが、あの参道、横から見ると高さ1.5mの円柱に支えられていて、雨季になると参道の両側に雨水が貯まり、まさに橋が浮いているようになるらしいです。雨季だけどカラカラです。
アンコール・ワット遺跡群の観光にはスニーカーが必須だと前回書きましたが、
こんな感じの階段を乗降しなければならないんですよねぇ、、ちょっとした高所恐怖症のひとはぜったい無理なんじゃないかと思うくらいにはめちゃめちゃ急です。
これ、今でこそ手すりのついた木製の階段が用意されているけれど、実際に使っていたころはこの石段を登っていたわけですよね?絶対ひと死んどるやんけ。あぶな。
わたしが行った遺跡のなかでは、ここの階段が一番急でした。みなさまもお越しの際は足元にお気をつけ下さい。安全第一で。バナナはおやつに入ります。
タ・プローム
写真でよく見かける、大樹に浸食された遺跡です。最初は仏教の寺院として建立されたものが、のちにヒンドゥー教の寺院に改修されたとかいう、むちゃくちゃな歴史のある遺跡です。トゥームレイダーの撮影地だったそうなので、見覚えのあるひとも多いと思います。
この遺跡を浸食しているのは、スポアンという木なのですが、スポアンは、別名「絞め殺しの木」と呼ばれているらしく、その名の通り、遺跡を締め付けまくっています。
故に、遺跡の倒壊が著しく、この遺跡ももれなく修復が計画されているようですが、そもそもこの木が【遺跡を破壊している】のか、一周回って【遺跡を支えている】のか、分かんねーってなって、ずっと議論しているみたいです。
こりゃ分からんな。
当時の様子を知ることはできませんが、この遺跡は、壁に宝石が埋め込まれていたりと、小さいながらも随分と栄えた寺院だったようです。「盛者必衰の理をあらわす」とは上手く言ったもんだなぁと思いますが、かたちを変えて何百年経った今もこうしてにぎわう姿に感動します。
さてはて、今回の調査では紹介した以外の遺跡の写真もたくさん発掘されたのですが、今となってはその写真がどの遺跡なのかもわかりません。諸行無常の響きあり。
ただ、時間のないジャパニーズトラベラーの皆さんが必見!なのは、きっと、このあたりです。これにお好みの遺跡を組み合わせて冒険してきてください。
所要時間
我々は確実にアンコールワットで長居をしすぎたために、
この地図で言う、サツマイモ色のルートで半日かかってしまいましたが、恐らくひとつひとつを駆け足で見れば、半日とちょっとで緑の大回りルートが回れるくらいなんだとおもいます。が、正直暑くて敵わんので、普段タイピングで指だけを酷使しているアラサーのみなさんは、たくさん一日に詰め込みまくってもへろへろになること請け合いです。「はやくホテル帰ってシャワー浴びて、クーラのついた部屋でビールプシュりた」くなること請け合いです。普段から運動をしているひとはへっちゃらだと思いますが、そうでないひとは死なない程度にがんばってください。
などと書いていますが、100%もう一回行きたいです。恋しい。
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今回で全ての遺跡のご紹介を終えました。次回は、シェムリアップの街とマッサージ屋さんについて書きます。